おかげさまで降誕節第7主日礼拝を献げられました。窓の外には雪の舞う朝。豪雪地帯にある諸教会の教会員や牧師の労を想い起こしながらの礼拝となりました。
『聖書』の箇所は『マルコによる福音書』2章1〜12節にある、人の子イエスのもとに四人の男性が中風により寝たきりの人を連れてきたというお話。あまりの人垣に出会いを阻まれた四人のサポーターは家の屋根をはがして中風の人を屋外から吊りさげて人の子イエスに病を癒やしてもらうという荒わざに打ってでます。不思議なのは家主が全く妨げもせずおそらくは群衆のなかでこのわざを見ていたというところ。イエス・キリストは身動きのできない中風の人に「子よ、あなたの罪は赦される」との宣言から具体的な対話が始まります。イエス・キリストは「起きあがり、床を担いで家に帰りなさい」とついには語りますが、これは不穏なこころの動きを見せる律法学者への配慮あってのことば。癒されるべき当事者へのあれやこれやの命令を当初人の子イエスはいたしません。
むしろイエス・キリストが目を見張ったのは四人のサポーターが決して中風の人を見捨てないどころか、屋根をはがすという前例のない工夫のもと屋内に病人を吊りおろしたところにあったのではないでしょうか。
今日のような制度としての医療や福祉に乏しい時代にあってこの中風の人は「あなたの罪は赦される」との宣言により自分を蔑むわざから解放されます。人に迷惑をかけないように、との自助理論や自己責任論が声高に叫ばれるわたしたちの世界の壁をもこの宣言は突き破ります。
現代では尊厳死や安楽死をめぐる言論も活発です。しかしわたしたちが見落としているのはそのような言論の根拠がしばしばインターネットによる情報であるところにあります。身体性を欠いた身勝手な主張に乗せられて 自分のいのちの可能性に絶望する方々がいます。けれどもイエス・キリストはいのちに過酷な世にあって「あなたのいのちはすばらしい」と語りかけ そばにいてくださるのです。四人の男性もまた ただその人を愛し 逆に支えられていたがゆえに イエスを訪ねてきたのではないでしょうか。
礼拝後はお茶のご奉仕を受け 身体を温め交わりが育まれました。教会学校では凧揚げが予定されていましたが天候によりプログラムを変更 こどもたちのにぎやかな声が響きました。
寒いなか教会へお越しになった方々も 中継礼拝をご視聴くださった方々にも 新しい一週間 主なる神の祝福が豊かにありたすように また病の床にある人 施設におられる方々に イエス・キリストの深い癒やしが臨みますよう祈ります。
