和暦でいう明治初頭には内戦が頻発しあちこちで磔刑された遺体が晒されました。その写真を牧師は見たことがありますが、それはもう酷いありさまで言葉もありませんでした。
そのような処刑法に極めて近い仕方で殺害されたイエス・キリストの遺体を勇気とともに引き受け、埋葬した議員のアリマタヤのヨセフは「神の国を待ち望んでいた人」だと記されます。暴力ではなく、神の愛によって世界が統治される日を待望しながら、その生涯の終わりまで確信してやまなかったアリマタヤのヨセフによる葬りは、やがてキリストの復活の出来事の前奏曲となります。
コロナ禍で葬儀や告別式の意味合いが薄れゆくような時代の中、あらためて天に召された兄弟・姉妹・教会関係者との交わりを喜び愉しむ時を授けられ、感謝の時となりました。この喜びの力を、次の時代を担うこどもたちに伝えていきたく願う一日です。
みなさまの新しい一週間に、主なる神がともにおられますように祈ります。