イエスの弟子は少年の献げた五つのパンと二匹の魚を「たったこれだけ」と蔑みましたが、イエスは神に感謝してこの献げものを大勢の人に配りました。五つのパンと二匹の魚はこの時代の庶民の最低限の食事でみな持参していたはずでしたが、イエスのもとに集まった群衆の中にはそれさえ携えられなかった人もいたことでしょう。イエスの献げた神への感謝の祈りは、人々の思いを「独り占め」から「分かちあい」へと開いたに違いありません。
物不足に苦しんだ敗戦後の苦しみが、かたちを変えてヒタヒタとわたしたちの日常に迫ろうとしているこのごろ。「お金を出せばなんでも手に入る」ということばの浅はかさを、さまざまな報道から知らされる毎日です。売買とは異なる次元で人々が満たされた出来事を、後の時代の教会では「奇跡」と呼びました。
神の愛のちからによる独占からわかちあいへの転換こそ、まさに奇跡と呼ぶにふさわしい出来事です。そしてその奇跡は、新しい一週間をあゆむわたしたちの背中を押してくれます。みなさまのあゆみに主なる神がともにおられますように祈ります。