2022年4月24日日曜日

2022年5月1日(日)礼拝予定

―復活節第3主日礼拝―

時間:10時30分~

場所:泉北ニュータウン教会礼拝堂


説教=「イエスはよい羊飼い」
稲山聖修牧師

聖書=ヨハネによる福音書 10 章 7~11 節. 
(新約聖書186 頁). 

讃美= 154,354(1.3.4),542.

説教要旨・動画、ライブ中継については、
教会ホームーページの
「今週の礼拝説教」のコーナーに、
礼拝前日の夜までに掲載します。

なお、ライブ中継がご覧になれない場合は、
説教動画の方をご覧頂きます様、
お願い致します。

四月最後の聖日礼拝をともに献げることができました

 復活節第2主日礼拝、すなわち四月最後の聖日礼拝をともに献げることができました。ありがとうございました。泉北ニュータウン教会では、本日の礼拝の中で、こひつじこども園職員と放課後等デイサービスこひつじの職員任職式をも執り行いました。園児さん各々を育み、また神さまから尊い特性を授かったお子さん各々に向き合う職員の方々の働きは、何ものにも代えがたい喜びに溢れています。同時に、いのちに関わる予想外の出来事に日々備える覚悟が問われます。
 

 人の思いだけでは成し遂げられないこの働きは、キリストに根ざした神への祈りと支えなしには成り立ちません。またこの働きは地域社会にキリストの愛を証しする役割をも担っています。

 泉北ニュータウン教会の創立者・土山牧羔牧師は、こども園の前身であるこひつじ保育園と教会との関係を「車の両輪」に重ねました。車輪のシャフトになるのがイエス・キリストであり、教会員の祈りと交わりです。
 

 良好な関係にあったはずの福祉施設と教会が各々特化するあまり分断され衰退していくケースが数多ある中で、あえて互いに支えあう関わりを維持するエネルギーは並大抵のものではありません。その関係を半世紀にわたり維持・発展できたのは他ならぬ神の恵みあればこそかと心得ます。数多の祈りの支えなくしてはこの事業の継続も困難だったかと顧みます。

コロナ禍やウクライナ戦争の報道の陰で「今日をどう生きればよいのか」と呟く声は決して絶えません。その声に耳を傾けながら、あらためて神を讃美しつつ新しい一週間の展望を授かりました。みなさまのお祈りに重ねて感謝申しあげます。今後ともお祈りくださりますように。

2022年4月17日日曜日

2022年4月24日(日)礼拝予定

 ―復活節第2主日礼拝―

時間:10時30分~

場所:泉北ニュータウン教会礼拝堂


説教=「あなたがたに平和があるように」
稲山聖修牧師

聖書=ヨハネによる福音書 20 章 24~29 節.
(新約聖書210頁). 

讃美= 243(1.2.4),151,540.

説教要旨・動画、ライブ中継については、
教会ホームーページの
「今週の礼拝説教」のコーナーに、
礼拝前日の夜までに掲載します。

なお、ライブ中継がご覧になれない場合は、
説教動画の方をご覧頂きます様、
お願い致します。

イースター礼拝を献げることができました。

  みなさまの尊いお祈りにより、2022年度のイースター礼拝を献げることができました。礼拝では教会学校関係者による朗読も行われました。核戦争の可能性さえ視野におかずには居れない時代に、鞭打たれ苦しみ抜かれた果てに十字架で処刑されたイエス・キリストが復活された讃美の 礼拝は、わたしたちの前にそそり立つ諸々の不安を打破するいのちのちからに満ち溢れています。その喜びをともにできたのは何よりも嬉しく存じます。 


 礼拝の後には教会定期総会を開催し、2022年のあゆみと課題を教会員みなともに共有しました。

 忌憚なき教会での語らいが朗らかになされたことは、コロナ禍に怯えるわたしたちには聖霊の注ぎによる喜びとして映りました。春のいのちの彩りが桜から躑躅へと移ろう候に、キリストの復活を祝えることそのものが恵みです。
 

 世界が怒りと悲しみの渦巻きに呑み込まれないよう、イエス・キリストがともにおられるよう祈ってやみません。みなさまの新しい1週間に神がともにおられますように。
 

2022年4月10日日曜日

2022年4月17日(日) 礼拝予定

 ―復活節第1主日礼拝― 

時間:10時30分~

場所:泉北ニュータウン教会礼拝堂


説教=「主の復活はすべてのいのちの希望」 
稲山聖修牧師

聖書=ヨハネによる福音書 20 章 11~18 節.
(新約聖書 209 頁). 

讃美= 155(1.2.4),148,540. 


説教要旨・動画、ライブ中継については、
教会ホームーページの
「今週の礼拝説教」のコーナーに、
礼拝前日の夜までに掲載します。

なお、ライブ中継がご覧になれない場合は、
説教動画の方をご覧頂きます様、
お願い致します。

久しぶりに通常の仕方で礼拝を献げることができました。

主なる神を褒め讃えます。

初夏の訪れを感じる朝、受難週を迎えました。わたしたちは久しぶりに通常の仕方で礼拝を献げることができました。キリストの御受難を覚えながらも、ともに喜びを分かちあいました。
新年度を迎えるにあたって、礼拝では中高生進級祝福式と教会学校教師任職式を執行しました。新しいライフステージを、時代のグレートチェンジの中で迎える中高生にますますの神様の祝福を祈りました。

未だ収束を見ない新型コロナ禍を上書きするかのように始まったウクライナ戦争も勃発からひと月あまり。丸腰のまま十字架を掲げて戦車の前に立ち射殺されたウクライナ正教の司祭がいます。

キリストの受難の道を今日の生活文脈の中でたどる人々は、たとえ動画撮影のカメラのフレームに収まらなくても無数におられることでしょう。

またそれはウクライナに限らずロシア、ミャンマーの人々にも言えることです。もちろん、わたしたちの身近なところにも、です。

この混迷の中であらためて「敵を愛しなさい」とのイエス・キリストの教えに耳を傾けます。そして20世紀の動乱の中で「わたしが愛するのは民族でも国家でもない。友人だ」との言葉を遺したハンナ・アーレントを思い起こします。

 

受難の道をたどったイエス・キリストに従い神の愛の証しを立てる道。それは人目を引くことでもメディアに注目されることでもありません。イエス・キリストが神の子として強さを振るったのではなく、弱さを祝福された事実を思い起こし、新しい一週間の指針といたしましょう。次世代もわたしたちの背中を見ています。

世界に神の平和が実現しますようにと祈り、各々の賜物に応じた支援ができますようにと願います。

2022年4月3日日曜日

2022年4月10日(日) 礼拝予定

 ―受難節第6主日礼拝― 

時間:10時30分~

場所:泉北ニュータウン教会礼拝堂

説教=「わたしではなく、あなたのあゆみ」 
稲山聖修牧師

聖書=マルコによる福音書 14 章 32~42 節. 
(新約聖書 92 頁). 

讃美= 136(1.2.4),301(1.4),544.


説教要旨・動画、ライブ中継については、
教会ホームーページの
「今週の礼拝説教」のコーナーに、
礼拝前日の夜までに掲載します。

なお、ライブ中継がご覧になれない場合は、
説教動画の方をご覧頂きます様、
お願い致します。

受難節第5主日礼拝をお献げできました

主なる神を讃美します。

みなさまのお祈りのおかげで受難節第5主日礼拝をお献げできました。


折からの新型コロナ感染症対策のため 本日もリモート礼拝のみといたしました。こひつじこども園の進級・入園式がリモートで執り行われたことを踏まえますと当然の対応であったと考えます。

本日の聖書の箇所では、自らへの嘲りと十字架での殺害、そして三日後復活を説くキリストに、その後にはもっとも近くにはべらせて欲しいという弟子の醜悪な態度が描かれていました。人の子イエスが自らの苦難を語ってもなお、とまらない上昇志向と保身の醜さを罪深さとして福音書は描いているようです。

コロナ禍に加えてウクライナ戦争の惨禍は東ヨーロッパを越えてわたしたちの日常にも迫ってまいります。「世界のパン籠」とまで呼ばれるウクライナとロシアの戦争で小麦の輸入が危機に陥り、地球規模の食糧危機さえ案じられています。犠牲となるのは難民・貧困層・こどもたち。このような事態はいつの時代も変わりません。

エネルギー危機も叫ばれる中「持てる者」と「持たざる者」の格差は広まるばかりです。しかしイエスは上昇志向を抑えられない弟子に向かい「仕えられる者でなく仕える者に」と仰せになりました。弟子の無理解の中で教会の交わりの雛形が語られます。
 

新しい年度の備えの中、わたしたちには本日の礼拝が敢えてリモートで執り行われた意味を深く考えたいと思います。スケジュールの優先か、それとも教会員の方々の健康を優先するのか。奉仕する交わりとしての教会が後者を重んじながら礼拝を献げるのは当然です。

教会員・関係者におかれましては、くれぐれもご健康を大切にされますように。主の安息の中での癒しはいずれまた神への讃美と神からの知恵の授与へとつながります。新しい一週間がみなさまにとって、また困窮と戦乱の地にある人々にとって、神の平和と喜びにあふれるように祈ります。